戦後80年の日に、思うこと

こんにちは、さやかです。
私は茨城県で、3人の子どもを育てながら、ピアノとリトミックを教えています。
この音声配信やブログでは、音楽のこと、子どものこと、そして日々感じたことを、自分の言葉で綴っていきたいと思っています。
車の中から思いを込めて
茨城県に住んでいる私は、日常的に車移動が多く、今回の音声収録も車の中から行いました。録音ボタンを押して、車載スタンドにスマホを固定して、ひとりでぽつりぽつりと語る。
そんな小さな挑戦を、環境音ごと、受け取っていただけたらうれしいです。
今日は8月6日 ―― 広島原爆の日
今年は戦後80年。
ニュースやテレビでもさまざまな特集が組まれ、平和への想いが改めて取り上げられています。今日は8月6日、広島に原爆が投下された日。
午前8時15分、私は子どもたちと一緒にNHKを見ながら、黙とうを捧げました。
戦争と、子育てと、私たちの未来
私は42歳。戦争は遠い昔のことのようにも感じます。
でも、今も世界では――たとえばウクライナやガザ地区で――戦火が続いています。
私は3人の男の子を育てています。
自分の子どもたちはもちろん、教室に通ってくれる生徒さんたち、そしてその兄弟や友達…誰一人として、戦争になんて巻き込みたくありません。
戦争は、いつだって大人が始めます。
でも犠牲になるのは、たいてい子どもたち。
だからこそ、私は「戦争は絶対にしてはいけない」と、強く思っています。
祖母と息子がつながる“12歳”
戦後80年と聞いて、ふと思い出したのが、私の祖母のことです。
92歳になる祖母は、終戦のとき12歳でした。
そして、今12歳なのが、私の長男。
このふたりが、同じ「12歳」でつながったとき――
戦争は“遠い過去”ではなく、“すぐそばの現実”として感じられました。
戦争の犠牲は、数字では語れない
戦時中、多くの子どもたちが空襲の中で逃げ惑い、食べ物もなく、家族を失いました。
中には子どもだけが生き残り、親を亡くしたまま生きていかねばならないケースもあったはずです。
戦争によって奪われたものは、命だけではありません。
生活、家族、希望――あまりに多くのものが失われました。
「やるって決めた人」が行けたらいいのに
私は思います。
戦争を始めると決めた人たちが、最前線に行くべきじゃないかと。
でも実際は、守られた場所で命令を出す人たちは安全なところにいて、巻き込まれるのは一般市民や子どもたちばかり。
これはおかしい、とやっぱり思うんです。
正義 vs 正義 ―― だからこそ話し合いを
戦争は「善」と「悪」の物語ではありません。
どちらにもそれぞれの言い分があり、譲れない想いがある。
でもそのぶつかり合いが戦争につながるのなら、
どこかで対話や歩み寄りができる余地があるはずだと信じたい。
30年前、私を揺さぶった本『アイリーンの討論』
ここで、私が小学生の頃に読んで衝撃を受けた本を紹介させてください。
タイトルは**『アイリーンの討論』**という児童書です。
アメリカで暮らす、日系アメリカ人の少女アイリーン。
彼女はある日、発血病を患います。その原因は、母が原爆投下直後の広島を歩いたことによる放射能の影響かもしれない…という設定で物語は進みます。
アイリーン自身は日本に行ったこともないのに、原爆の影響で命を落としてしまう――
子どもながらに「戦争の影響は世代を超えるんだ」と知り、深い衝撃を受けました。
現在は絶版となっていて、私はどうしても読みたくて、古書をオークションで手に入れました。
この本を、今の子どもたちにも読んでほしいと願っています。
戦争は“そのときだけ”の出来事じゃない
戦争は、建物だけでなく、人の心や身体、そして未来の世代にも深く傷を残します。
原爆ドームのような建物が残る一方で、人の中に残るものは、数字では測れません。
私たち大人は、次の世代に何を伝えていくのか。
何を守り、何を手渡すのか。
それを問われている気がします。
終わりに
この平和な日常を当然と思わず、
「戦争はしてはいけない」と子どもたちに伝えられる大人でいたい。
そう思った戦後80年の今日でした。
読んでくださって、ありがとうございました。
※あとがき
このブログは、音声収録をもとに文字に起こしたものです。
言葉が揺れている部分や、話し言葉の雰囲気もそのまま残しています。
